VTSってなに?NY発祥おうちでもできるアート教育で思考力を育てる【STEAM教育】
VTS(対話型鑑賞)とは?
アート教育の分野で、近年VTS(Visual Thinking Strategy)が注目されています。VTSは1980年代中頃、アメリカのニューヨーク近代美術館の教育部部長フィリップ・ヤノウィンによって開発された子ども向けの美術の鑑賞法です。美術作品を見て気づいたこと、なぜそう思ったのか、といった対話を繰り返すことで思考力を高めます。
VTSは美術の知識がいらない鑑賞法
VTSの大きな特徴は、作品名や作者、制作された時代背景など、美術館の解説文に乗っているような情報が必要ないことです。フィリップ・ヤノウィンは、「アート作品の解釈にただひとつの正解はなく、見る人の数だけ存在する」としています。VTSで大切なのは、アート作品への理解だけでなく、作品を見た人がなにを感じ、考えたか、なのです。
VTSは世界の教育現場で取り入れられている
現在、VTSはアメリカやヨーロッパをはじめ世界中の教育現場で採用されています。日本でも、教育普及プログラムの一環として学校教育現場や、各美術館で取り入れられるようになりました。なぜVTSは、世界の教育現場でとりいれられるようになったのでしょうか?その答えは、VTSが子どもにもたらす効果にありました。
VTSの効果とは?
VTSには、観察力や批判的思考力、言語能力といった「複合的な能力」を育む効果があることがわかっています。つまり、VTSを行うことによって美術鑑賞を楽しめるようになるだけでなく、日頃の考え方や行動が変わる可能性もあるのです。
なぜVTSで複合的能力が育まれるの?
なぜVTSをすることで、複合的な能力が育まれるのでしょうか?アート作品を見たとき、感想は大きく分けて2つに分かれます。ひとつは、りんごが描かれている、青い服を着た男の人がいる、といった「見て明らかにわかること」、もうひとつは、寒そうだな、わくわくする、といった、「個人の感性による感想」です。
アート作品は見る人の心を写す鏡のような役割を果たします。アート鑑賞は自分自身の価値観と向き合うきっかけになるのです。自分の感想を言葉で伝え、他者の感想を受け入れることで、思考力や言語能力が育まれ、自己理解と他者理解につながります。
VTSで育まれた能力は「STEAM教育」で発揮される!
近年よく耳にするようになった「STEAM教育」でも、アート教育は注目されています。Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(ものづくり)、Art(芸術)、Mathematics(数学)、これら5つの分野を横断する学びが「STEAM教育」なのです。STEAM教育の最大の目的は「創造性」です。学んだ知識をもとに発想したアイディアを具体化する力を目指すうえで、VTSで得られる、観察力や批判的思考力、言語化能力は、欠かすことができません。
明日からできる!「おうちVTS」のやりかた
VTSは、元々は美術館で行われることを想定して開発されたメソッドですが、ちょっとした工夫をすることで家庭でも簡単に実践できます。その方法を紹介しましょう。
その1:絵本を使う
VTSをいきなり試すのは難しそう……と思われる方には、絵本を使うのがおすすめです。『あーとぶっく』シリーズは、アート鑑賞の第一歩におすすめです。
ゴッホ、ピカソ、ルノワールなど、誰もが知っている画家たちを自由な発想で分析し、子どもたちが興味を持ちやすそうなユニークな表現でまとめています。アートとの新たなふれあい方を生み出したとして、このシリーズは第47回小学館児童出版文化賞を受賞しています。
VTSに作者の生い立ちや制作された時代背景といった過度の知識はNGですが、この本は親子ともにアートへのハードルを下げる最初のステップとしておすすめです。
シリーズは全13巻あります。図書館に置かれていることもありますので、ぜひ親子で手に取ってみてください。
その2:子どもが描いた絵・作品で行う
子どもが幼稚園や保育園で制作した作品があれば、リビングなどいつでも家族が目にする場所に飾るのがおすすめです。目に留まる回数が増えると、その作品について親子で対話する機会が自然と増えます。親が作品に興味を持つことで、自分に関心を持っていることが実感できるため、子どもの自己肯定感が高まります。
気を付けたいのが、「上手だね」「よくできたね」といった作品の講評で終わらせないことです。親が作品を観賞して気付いたことを子どもに伝えたり、子どもに「どうしてこうしたの?」と尋ねたりすることで、子どもが自分自身の価値観を自覚する機会が生まれ、論理的思考力が育まれます。
その3:アートカードを使ってゲーム感覚で行う
美術館で販売されている「アートカード」は、家庭でのVTSにおすすめのアイテムです。アートカードとは、美術館が所蔵する美術作品をカード化したもので、学校で図工の教材として使われることが多いのですが、家庭でも使えます。
- 鑑賞教材「国立美術館アートカード・セット」
- 価格:2,500円(税込)
- 内容:作品カード65枚(A6サイズ)・国立美術館建物カード6枚・ガイド1冊
- 箱サイズ:23×17×2cm
- https://www.momat.go.jp/am/learn/school/#section1-3
「国立美術館アートカード・セット」は、東京国立近代美術館のミュージアムショップで購入可能です。国立美術館5館の協力により、国内外の幅広いジャンルと時代のアート作品で構成されています。
子どもと一緒にアートカードを見て「なにが見える?」「どうしてそう思うの?」と質問し合ったり、それに対する自分の意見を伝え合ったりすることで、お互いのコミュニケーション能力が高められます。
それではアートカードをゲーム感覚で楽しめる方法をご紹介します。
・アートカードでVTS「マッチングゲーム」
ランダムに選んだ2枚のカードの共通点を見つけ出すゲームです。
裏返したカードの中から2枚のカードを選びます。2枚の共通点を他の参加者に説明し、参加者たちがそれに同意したらめくったカードを獲得できます。観察力と気づいたことを言語化する力を育むのが目的です。
・アートカードでVTS「キーワードゲーム」
「うれしい」「かなしい」などキーワードに当てはまる作品を探すゲームです。
複数のアートカードの中から、親役があらかじめ決めたキーワードに当てはまるカードを選びます。参加者は、キーワードだけを聞いて親役の選んだカードを予想します。必ずしも親役が選んだカードと参加者の選んだカードが合致するとは限りませんが、人によって感じ方が異なるのを認め合うのが目的です。
その4:VTSを行うためのワークシートも
家庭でVTSを行うためのワークシートを、WEB上で手に入れることもできます。
絵画通販会社ハッピービジョンの提案する「み、か、た。メソッド」は、VTSの手法と考え方を参考に、アート初心者や小さな子どもでも日常の中で行えることを目的として開発したレッスン形式のアート鑑賞法です。子どもがアートを楽しく観賞し、学びに役立てられるのを目指しています
公式WEBサイトでは、ワークシートを無料でダウンロード可能です。
ゲーム感覚からステップアップしてみたい方はこちらを利用してみてはいかがでしょうか?
さいごに
筆者が2019年にニューヨークの美術館を訪れた際、子どもたちと先生が作品の前でディスカッションをしている姿を目にしました。先生の問いかけに対して子どもたちがどんどん挙手する姿を見て、小さいのになんて美術の知識が豊富なのだろう、と思ったのですが、今思えばあれこそVTSだったのでしょう。
「作品をよく見る」という能力は、大人より子どもが長けていることも多いそうです。美術についての知識がない分、先入観のない子どもの純粋な気づきに私たち大人が驚かされるかもしれません。
VTSは自分の発見に基づいて行われるので美術に対する知識がなくてもできます。また、美術館の作品でなくても、子ども自身が製作した作品に対しても行えます。子どもに「見て見て!」と言われるとつい「すごいね~!」と返してしまいがちですが、VTSの手法を知っておくと、思考力が育まれ親子の会話がいっそう膨らみそうですね。
参考
- 埼玉大学大学院教育学研究科 深澤悠里亜|アートカードを使用した鑑賞法の研究―アートカードの分析と使用法の考察―(https://www.jstage.jst.go.jp/article/uaesj/49/1/49_337/_pdf/-char/ja)