フランスの義務教育開始が6歳から３歳に変更！その狙いは？

ライター　村田美子

2020/10/25 00:10

2019年秋から、フランスで3歳児からの義務教育が始まりました。フランスといえば、生後3か月から預けられる保育園が充実していたり、幼稚園から大学までの教育無償化が進んでいたりして、子育てがしやすく、羨ましい環境といった評判が日本では高いのですが、なぜ3歳児義務教育化をしたのか、興味がありますね。この記事では、フランスが抱える問題点を押さえながら、教育制度改革のねらいを見てみましょう。

フランスの子育て環境をデータから知る
フランスの格差社会と抱える問題
フランスの国内事情、移民の実情
3歳からの義務教育化のねらいは？
フランスの2022年までの政策テーマ「信用の学校」って？

フランスの子育て環境をデータから知る

フランスの人口は6699万人（2019年）で、消費税が20％と高いものの、経済は穏やかに成長しています。

一方で、仏国立統計経済研究所（INSEE）が公表した2018年第4四半期の失業率は8.8％と高いです。後述しますが、移民の失業率は、さらに高く、問題化しています。

150年間、6歳児からが義務教育だったフランスでは、2000年には３歳児の100％が通園していたといいますから、驚きです。

しかし、2015年には、３歳児の通園率が2.4%減少、２歳児通園率は34.6%から11.5%へと大幅に減少しました。何が原因なのでしょうか？フランスの社会経済情勢と関係がありそうです。

フランスの格差社会と抱える問題

フランスは格差が大変大きい国です。たとえば、パリでは３歳児の通園率が高いですが、一部地域ではガクンと落ちて、大きな地域格差があります。一部地域とは移民や貧困層の人たちが多く住む地域のことです。

小学校卒業した時点に、基礎を身につけてない子どもたちが約20％もいるという事態を重く見たフランス政府が、３歳から全員に同じ教育をめざして、義務教育化を実現したのです。

きっかけは、教育政策に力を入れるエマヌエル・マクロン大統領の演説（2018年）です。「受け入れがたい格差が是正されることを願う」と、義務教育を３歳からに引き下げる方針を幼児教育に関する会議で語りました。

フランスでは移民や貧困層の子どもたちは、学校でのいじめ問題、学力不足、ドロップアウトなどが大きな問題になっています。

フランスの国内事情、移民の実情

歴史を通じて多くの移民を受け入れてきたフランスは，移民の国と言っても過言ではありません。

社会学者エドガール・モラン氏も「フランスはイル・ド・フランス(パリのある地方の名称)という小さな王国が、幾世紀にも亘って多種多様な地域を同化させてきた国であり、絶えざるフランス化によって成り立つ固として特徴づけられる」と指摘しているほどです。

フランスの国籍は血統主義だけでなく出生地主義とミックスした形をとっているので、国民の4人に１人は、外国の血が混じっているといいます。

フランスでは、第一次世界大戦後から移民の受け入れを促進し、第二次世界大戦後の経済成長期には安い労働力を提供するために多くの移民がフランスにやってきました。

1945年に移民局が設置され、スペイン・ポルトガル・モロッコ・チュニジア・アルジェリアなどからの移民が工場で働きました。

そのうち、居住地域がだんだんスラム化していったため、政府は大都市郊外にHLMと呼ばれる公営住宅を建て、多くの移民家族が暮らすようになりました。

オイルショック後の1974年には移民停止が決定され、それ以降は国内の移民の帰国促進が進められ、社会統合が課題でした。

移民やその子どもの中には字が読めず、貧困層に入る人は、人口の一割になります。そうした貧困層はフランス社会に溶け込むことができず、無償の義務教育の恩恵にも預かることができていませんでした。

無償であっても幼稚園・幼児学校に通園させてもらえない3歳児の多くは、1920年頃〜1974年のフランスの移民政策によってフランスに来た外国人の３世や４世です。

フランスの国民教育相、ジャンミシェル・ブランケールは2018年に、次のように述べています。

現時点で3歳以上の子どもたちの97％は既に保育園に通っています。残りは3％とはいえ、約2万5千人いるので、その数を軽視してはいけません。移民の多い地域では、保育園に通う子どもは格段に少ない。午前中だけ、あるいは週に数回だけ通わせる家庭もある。全員を通わせるだけで満足することなく、質を担保しないといけません。フランスでは現在、学校に通う約20％が期待されている成績に達していません。成績の格差は、社会的背景の格差と相関関係にあります。それを償うのは学校の役割だと考えています。先ほど述べた20％の生徒たちを対象に、小1と小2のクラスの児童数を半分にしました。年間30万人の子どもたちに及ぶ政策で、今後は保育学校まで政策の範囲を広めるつもりです。

出典：仏ル・モンド紙

3歳からの義務教育化のねらいは？

フランス政府のねらいが段々はっきりしてきましたね。「格差の是正」「移民・貧困層に対するフランス語教育の強化」「いじめの解消」です。

フランスでもいじめ問題が深刻であることに、驚きます。公立学校では、10人に1人はいじめの被害にあっているという統計があり、いじめは大きな社会問題になっていますが、これまで、他のヨーロッパ諸国よりいじめ対策が遅れていると言われてきました。

2010年の統計では、小学生の11〜12％（心理的いじめ14％、暴力10％、両方11.7％）がいじめられた経験があり、3400人の中学生を対象とした調査では、8.4％はいじめられたことがあり、6.1％はいじめの首謀者を演じたといいます。

転校生や肉体的・外見的相違のあるクラスメートを休み時間や通学途上で嘲笑したり、暴力を振るったり、持ち物などを破損させたりすることがあるようです。

義務教育を低年齢からスタートさせることで、子どもの代で貧困の連鎖を断ち切り、幼児時期から貧困層にもフランス語教育をしっかり行うことで、移民の社会統合を進める狙いが政府にあるのです。

フランスの2022年までの政策テーマ「信用の学校」って？

先に述べたように、いじめ問題が深刻なフランスでは、2017～22年までの政策のテーマは「信用の学校」です。学校を通じて、フランスで暮らす人たちが互いに信用しあえるように、また、公教育に対する不信感を拭う目的があります。

理想的な幼児教育、小学校教育を行っていると思われているフランスにも、いろいろな教育課題があることがわかりましたね。

1880年代から150年間、フランスは6歳からの義務教育を続け、共和国の基礎を堅固にするために学校教育に力を入れてきました。

さらに、2019年秋から、義務教育開始年齢を3歳にひきさげました。始まったばかりの３歳児からの義務教育化が、課題克服の一歩となることを願ってやみません。

3歳からの義務教育を実施しているのはヨーロッパではハンガリーだけで、フィンランドなどでは７歳から義務教育が始まり、アメリカではチャータースクールなど民間の学校が多くなっている現状は、別記事でお伝えしましょう。

筆者の専門は、言語政策なので気になることが一つあります。それは、移民の母語保持・文化継承です。「郷に入りては、郷に従え」の政策で、同化政策を進めていくと、必ず別の問題にぶち当たることは、カナダやアメリカのバイリンガル教育の変遷が教えてくれます。今後、海外から多くの子どもたちが親と一緒にやってくる日本にとっても他人ごとではありません。

「日本でも思い切ってフランスと同じようにすれば、義務教育は無償なので、貧富の格差も待機児童問題も解決する」という舛添前東京都知事のツイッター（2019年7月6日）を、最後に紹介して、この記事を閉じます。

この記事の著者

【ライター・コラムニスト】神戸市外国語大学を卒業後、京都府立高校で英語教師として勤務。その後、40歳で米国ジュニアタ大学に留学し、平和学を専攻。続いてオハイオ州立大学　教育学部　修士取得、博士課程、単位取得。帰国後、関西外国語大学にて教授。時事、カルチャー、政治経済、幼児教育～社会人教育まで多岐にわたる分野で記事執筆。20年間インドのアウトカーストの子どもたちの教育支援を行っている。 2018年、インド支援の一環として出版社、Murata Publisherを立ち上げる。著書に東洋経済新報社より「クリティカルシンキング　基礎編」「クリティカルシンキング　実践編」「誰も知らなかったインド人の秘密」、Murata Publisherより電子本39冊出版。

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